anonymousah’s diary

日々の中で思ったことを少しずつ更新していくつもりです。宜しくお願い致します。

あの日

どうも、ataru / 本郷亜蓮です。

 

 

 

今回は、8月の戦争の事とかを書こうと思います。

 

先日の終戦記念日の時は、「政治ネタはタブー」みたいな通説があるので、戦争の事などネットで発言していいものか迷い、結局その日は出せませんでした。しかし、やっぱり伝えたいことがあったので、タイミングは遅いですがブログで書くことにしました。

 

 

 

8月15日は終戦記念日です。この日の正午、天皇玉音放送ポツダム宣言を発表し、ようやく第二次世界大戦が終わりました。

 

戦争中、日本は8月6日に広島、9日に長崎に原爆が落とされ、その前の3月10日には東京も空襲に遭いました。(実際はこの日の空襲も含めて、東京は106回空襲に見舞われたそうです)

 

戦争が終わり、家や家族を亡くした者や、負傷した者、原爆症に苦しむ人がたくさん出ました。街が焼け野原になりました。でも、終戦からわずか20年足らずで、東京でオリンピックが開けるようになるまで日本は復興しました。それはやはり、そこまで日本人が頑張って復興を進めた結果だと僕は思います。

 

あれから、72年が経ちました。

あの戦争から、日本はどう変わったのでしょうか。

 

最近のニュースを見てみました。

ですが、心なしか「戦争」や「原爆」に関する報道は、前より少なくなったように感じます。ネット上ではたくさん出てくるのですが、テレビではネットほど特集が多くなかった気がします。

「気のせい」ならいいんですけど。

その中で、個人的に興味を持った話題を引っ張り上げてみます。

 

・黙祷の中止

 

夏の高校野球では、毎年8月15日に必ず黙祷を行っていたのですが、今年は執り行わないことになったそうです。広島市でも、8月6日に登校することを中止しました。

8月6日の登校を中止する理由については、今年度から地方分権化により教職員の人事権限が県から市に移り、8月6日を休日にする史上例を教員に採用するから、と説明されています。ですが保護者からは「被爆被害を風化させてはならない」と抗議の声が出ているんだとか。

 

こうしてみていると、先の「戦争」や「原爆」について考える機会、というものが減っているなと感じます。

8月6日が特別に登校日として指定されているのは知りませんでしたが、これは72年前の事を考える意味ではとても有意義なことではないかと考えます。それを市条例によって無くしてしまうのは確かにもったいない。地方分権になっても、8月6日の登校を無しにまでしなくてもよい気がします。

 

また、以前はこれぐらいの時期になると、戦争の特集とかをテレビでよくやっていたのですが、最近は――僕もあまりテレビは見なくなってきてしまっている身ですが――そういう特番の情報はあまり出てきません。ニュースでも、安倍首相の今年の平和演説が物議を醸している、っていうのを伝えるぐらいで、それ以外に目立った報道は見つかりませんでした。

若者のテレビ離れが進んでいると慨嘆する声をよく聴きますが、それでもやはりテレビの持つ力は絶大だと思います。こういうご時世だからこそ、テレビで戦争や原爆の事を伝えるのは大事なのではないかと思います。

 

黙祷を行ったり、公共に戦争の特番を流したりするのは、やはり基本的には「戦争を風化させない、忘れない」ためではないでしょうか。ただの歴史ではなく、現代、そしてこれからにおいても考え続けるべきテーマなんだと僕は思います。

関ヶ原の戦い第二次世界大戦を歴史で学ぶのは、過去から得たものをどう未来に活かしていくかを学ぶためなんだと思います。温故知新ということです。過去の失敗と同じ失敗を何度も繰り返すなんてばからしい、というのが僕個人の見解です。戦争というものは特に。だから、過去を知るということは絶対必要なんだと思います。

 

 

 

さて。世界では今、ポピュリズム(Populism)――自国第一主義なるものが注目されています。アメリカのトランプ現大統領が「我々は世界のリーダーにはなれない」などと自国の利益を最優先する政治を展開したり、イギリスがEUを脱退したり、そして世界の政治家たちの間に「ポピュリズム」を支持する動きが出てきたり。

 

だけど、それで本当にいいのかと僕は思います。

 

ISや北朝鮮などが徐々に猛威を振るい始め、中東やヨーロッパでテロが起きたり、核開発が急速に進められたりしています。そういうときこそ、それぞれの国たちが出来ることをしあって、互いを助け合うべきなのではないかと思います。

 

第二次世界大戦が勃発した背景には、ヨーロッパ諸国の領地を巡った闘争があります。

第一次世界大戦が終わった後、世界恐慌が起こり、株価が大暴落しました。そこでアメリカはニューディール政策、イギリスやフランスではブロック経済なる方策を立てました。これらは、関税を高くしたりして他国に需要が行き渡らないようにし、自国の利益を保護するもの。ポピュリズムそのものです。

これらの対策により、アメリカやイギリス、フランスは乗り切りましたが、ドイツやイタリアは植民地が少なく経済は困窮してしまいます。

そこでドイツやイタリアは、他国を侵攻して植民地化し利益を上げようと、他国の侵略に乗り出したんです。

その中で、ドイツはポーランドを侵攻し、イギリス・フランスはポーランドを守る為にドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦がはじまったということです。

 

歴史に「たられば」は厳禁なのを承知の上で書きますが。

この時に、各国が自国の利益だけを守る動きに出ずに、経済同盟を結んで協力しあったりしていれば、ドイツやイタリアが経済的に困窮して、他国の侵攻に乗り出すこともなかったかもしれません。(そのためにEUもできましたし)

自国の利益を優先しても、利害関係で対立してしまうだけだと思います。

こういうマクロな話題に限らず、日常生活の中でも「助け合う」場面を見るのが少ないように感じます。

今だからこそ、自分自分とならずに相手と協力することが、いい関係を築いたり、あるいは戦争を防いだりということにつながるのではないか? と思います。

 

 

第二次世界大戦が終わって72年。

まだ一世紀も経っていないと取るか、もう半世紀以上も経ったと取るか。人それぞれだと思います。

でも、あの日戦争で死んだ人がいた。長い歴史の中で、戦争というものに虐げられ、苦しんできた人がいたということは、忘れないでおきたいです。

長くなりすぎたので、今日はこれで失礼いたします。